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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)1073号 判決

原告

大阪市信用保証協会

右代表者

黒田泰軸

右訴訟代理人

竹西輝雄

岡本宏

被告

中村晁

被告

白川武夫

主文

原告の被告両名に対する各請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一被告両名作成部分以外の部分につき証人西村克己の証言によつて真正に成立したと認められる甲第一号証の一、証人杉森茂樹の証言により真正に成立したと認められる甲第二号証ならびに右証言によれば、原告主張の請求原因第一項、第二項ならびに第五項の各事実を認めることができる。

二しかして原告は、マコト産業が右保証委託契約に基づいて原告に対して負担すべき債務につき被告両名に連帯保証をしたと主張し、被告らはこれを争うので、まずこの点について検討するに、右甲第一号証の一、成立に争いのない同号証の二、四によれば、昭和四二年五月二日付で、保証委託者兼債務者マコト産業から原告宛に、三井銀行阿倍野支店から金二〇〇万円を借入れるについてその保証を委託する旨の「保証委託契約書」が作成されているところ、その末尾の連帯保証人欄に、ペン書きによる被告白川武夫の住所氏名とゴム判による被告中村晁の住所氏名とが記載され、その名下に右各被告の実印が押捺されていることが認められるけれども、証人西村克己の証言および原被告各本人尋問の結果によれば、被告白川の右記名部分は、マコト産業の代表者である富永辰雄の指示によつて同会社の経理係である西村克己が手書し、被告中村の記名判は右富永が押したものであり、また、名下の実印も富永が押捺したものであつて、被告両名はいずれも、右契約書の作成には直接関与していないことが認められるのである。そこで、富永によつてなされた右連帯保証人欄の記名押印が、はたして被告らの意思に基づき、その承諾の下になされたものかどうかについて考えてみるに、右記名押印が被告らの意思に基づくものであることを認めるべき直接の証拠はなんら存在しないので、これを肯認することができるかどうかはもつぱら情況証拠いかんにかかつているものというべきところ、被告中村作成部分につき成立に争いがなく、証人西村克己の証言によりその余の部分の成立の真正を認めうる甲第三号証の一、同第四号証、右証言および被告両名各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、次のような事実が認められるのである。

(一)、右契約書の連帯保証人欄に押捺されている被告両名の実印および同契約書に添付されている被告らの印鑑証明書はいずれも、右書類の作成される直前ごろ、マコト産業の代表者である富永辰雄の求めにより、被告両名みずからが同人に交付したものである(印鑑証明書は被告ら自身で下付を受けている)

(二)  、被告中村は昭和三八年ごろからマコト産業(鉄鋼熔接の請負を業とする)に雇傭され、現場責任者として労務者の指揮監督の任に当つていたものであるが、同会社での地位などから、昭和四二年一一月にマコト産業が原告の保証の下に住反銀行(阿倍野支店)から金五〇万円を借入れた際には、右富永の依頼により原告に対する保証委託契約上の債務につき連帯保証をしたようなこともあつた。また、被告白川はかねてよりじゆうたん類の販売業を営んでいたものであるが、昭和四一年末ごろマコト産業にじゅたんを購入してもらつたことから右富永と知り合い、同四二年五月ごろには何人から銀行よりの借入金などについて保証を依頼されるような間柄にはなつていた。

以上のような事実であつて、右認定を覆えすにたりる証拠はない。しかして、右のごとき事実関係からすると、前記保証委託契約書中連帯保証人欄の被告らの記名押印は、被告ら自らがこれをしたものではないけれども、被告らの意思に基づき、その承諾の下になされたものではないかとの疑いが生ずることを否定することはできないといわざるをえないのである。

しかしながら一方、右実印および印鑑証明書を富永に渡した経緯につき、被告中村、マコト産業の役員の改選に当り同被告の名を役員に加えるためにその印鑑証明書が必要であるといわれて富永に渡したものである旨供述し(実印は当時マコト産業の事務所で保管していたという)、また、被告白川は、マコト産業が第三者振出の額面三五万円の手形を福徳相互銀行で割引いてもらうについて富永から保証を依頼され、それに必要だからというので実印と印鑑証明書とを同人に渡したものである旨供述しているのであつて、しかも、被告両名本人尋問の結果中の右供述部分については、その裏付けとなるような的確な証拠はないものの、原告において照会状の発送や電話連絡などの簡単な方法による保証意思の確認すらしていない本件の場合、これを単なる言い逃れとしてただちに排斥し去るに足るだけの根拠を見出すこともできないので、結局、前記のごとき疑いは単なる疑いであるにとどまつて、右契約書中の連帯保証人欄の記名押印が被告らの意思に基づき、その承諾の下になされたものに相違ないとの心証を得るまでにはいたらないというほかはないのである。これを要するに、マコト産業が本件保証委託契約に基づいて原告に対して負担すべき債務につき被告両名が連帯保証をしたとの点については、その疑いはあるけれども、なお証明が十分でないといわなければならない(同様の理由から、富永が適法な代理人として本件連帯保証契約を締結したものと認めることも困難である。)

三そこで次に、表見代理の主張について検討するに、被告中村が昭和四一年一一月一〇日、マコト産業において原告の保証の下に住友銀行(阿倍野支店)かつ金五〇万円を借り入れた際、同産業の原告に対する保証委託契約上の債務について連帯保証をした事実があること、被告白川が昭和四二年五月二〇日すぎごろ、マコト産業が訴外福徳相互銀行(阿倍野支店)で手形の割引きを受けるについてその保証人となることを承諾したこと、本件連帯保証に関する契約書の作成に際し、マコト産業の代表者富永辰雄が被告らの実印や印鑑証明書を所持し、これを使用したことは、いずれも当事者間に争いのないところであるけれども、被告中村についてはいわゆる基本代理権が認められず、また、被告白川については民法一一〇条にいう代理権ありと信ずべき正当の理由があるものとは認められないから、右表見代理の主張はこれを採用することができないといわなければならない。すなわち、

(1)  被告中村が昭和四一年一一月一〇日、マコト産業が右五〇万円の借入れをなすに際して、同産業の原告に対する保証委託契約上の債務について連帯保証をしたことは右のとおりであるけれども、〈証拠〉によれば、同被告はみずから右連帯保証に関する契約書に署名押印して連帯保証契約を結んだものであつて、前記富永その他の者にその代理権を与えたものでないことが明らかであるから、代理人が代理権の消滅後に、その代理権の範囲を越える行為をした場合の民法一一〇条、一一二条の競合適用が問題となる余地はないし、また、同被告が、マコト産業の役員改選に際し同被告の名を役員に加えるためその印鑑証明書が必要であるといわれてこれを富永に渡したことは同被告の自認し、かつ供述するところではあるけれども、民法一一〇条の表見代理が成立するために必要とされる基本代理権は、私法上の行為についての代理権であることを要し、公法上の行為についての代理権はこれに当らないと解すべきところ、株式会社における役員改選の際の取締役の氏名の変更の登記申請行為は公法上の行為にほかならないから、被告が富永に右印鑑証明書を交付したことにより、民法一一〇条の基本代理権となりうるような代理権を与えたものといえないことは明らかであり、しかも、この他に、右富永が私法上の行為について被告中村を代理する権限を有していたとの点についてはなんらの主張も立証もないのである。そうすると、本件連帯保証について被告中村を代理した富永には同被告に対する関係では、民法一一〇条適用の前提となる基本代理権が存在しなかつたものといわなければならない。〈後略〉

(藤原弘道)

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